シャシャでフィールドワーカーのPRAトレーニングが終了

 3日間にわたり実施したシャシャ郡フィールドワーカー10名に対するPRA(参加型開発手法)の講習が今日終了しました。先月、プロジェクトスタッフに対して実施したPRA講習ではダッカから特別講師を呼んだのですが、今回はプロジェクトのアウェアネス・プログラム・コーディネーターであるトボルが講師を勤め、中村が監督兼助手を務めました。
 フィールドワーカーは全員、PRA研修を受けるのは初めてで、最初自分たちが何を学ぶのかもわからないという状態でしたが、この研修は彼らにとって非常に新鮮で、とても面白かったようでした。
 初日は主に理論の講義、2日目にはツールの練習および教室内でのロールプレイで、2人ずつファシリテーターと記録係をやり、残りの8人が村人役になって練習をしました。最終日の今日は朝からシュボルノカリ村でフィールド実習が行われました。
 シュボルノカリ村には3つの集落(パラ)があり、フィールドワーカーには3~4人ずつ3つのグループに別れて作業をしてもらいました。PRAのツールはいろいろありますが、今回は全グループに飲料水がテーマのソーシャルマップをつくってもらいました。彼らは今後、高濃度の汚染村の全てのパラで、この手法により砒素汚染地図を作ることになっています。今回の実習地もターゲット村のひとつであるため、かなりチャレンジングでしたが本番用の地図を作ってみることにしました。
 村の人々には事前に連絡してあったのですが、男性は農作業に出ていたり、女性も収穫した米を茹でる作業をしていたりと、最初はなかなか人が集まりませんでしたが、徐々に人も集まり地図作りが始まりました。フィールドワーカーらはPRA初心者の割にはこの手法についてよく理解し、村人自身の手により地図を完成させていました。またこの実習を通じて、地域の人々の反応、彼らの知識、能力、参加意欲などを目の当たりにし、かなりの手ごたえを感じたようでした。
 終了後、事務所に戻り反省会を行ったのですが、これまで発言の少なかったワーカーも積極的に発言し、この方法によって地域の人々の希望が反映された代替水源の設置が可能になり、サステナビリティが実現されると感じたという感想も聞かれました。
出来上がった地図は今後、砒素委員会と地域の人々が代替水源の設置を検討するために利用される予定ですが、十分利用可能なものができました。
 わずか3日間の研修でしたが、日に日に彼らが成長している様子を感じることができました。これからの彼らの活躍と更なる成長を期待したいと思います。

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講義はちょっと難しい・・

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でもやってみるとおもし ろい!

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村でのセッションを想定して練習中

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村の人は細かいところまでよく知っていて、とても上手に描きます

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たくさんの人々の協力で立派な地図が完成しました

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フィールド実習から戻って反省会。これから自分たちの村で汚染地図作りが始まります

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新年明けました

 4月14日はベンガル暦の新年の日で、この日は一日中、あちこちでいろいろな催しが行われます。
14_apr_20060  新年の朝には、パンタ・イリシュという、水掛けご飯(パンタバット)とバングラデシュの国魚であるイリシュを食べる習慣があるのだそうです。日本で元旦にお雑煮を食べるような感じですね。プロジェクトの日本人専門家も、DPHEのアシスタント・エンジニアより、彼が所属するエンジニア・クラブの新年のお祝いに招待され、このパンタ・イリシュを食べさせてくれるということで、島村、間藤、中村の3名が行ってきました。

 本来、この日は祝日でお休みなのですが、プロジェクトスタッフはPRAトレーニング最終日で、チョウガチャ郡の村でフィールド実習のためジョソールを8時に出発しなければなりません。日本人専門家も同行するため、本当は8時から食事のところを、特別に朝7時からにしてもらいました。
14_apr_200600  パンタバットは、村などでよく朝食として食べられている質素なものですが、ご馳走になったパンタ・イリシュは、パンタバットとイリシュフライの他に、アルーボッタ、卵カレー、ダル、イリシュの卵なども出てきて、想像以上に豪華でした。食後、お揃いのかぶりものを付けて、少しだけ行進にも参加しました。他の皆さんは行進のあとに食事だったようです。

14_apr_2006_2  夕方にはDC公邸で行われる歌や踊りのショーにも招待されていて、トレーニング終了後、3日前に新調したサリーに急いで着替えて行ってきました。新年の日には白地に赤のサリーを着て(私たちはオレンジ色でしたが)、土で作ったものを身に付ける習慣があるのだそうです。そういえば、パンタ・イリッシュも素焼きの器に入ってましたね。
 結構長くバングラデシュにいますが、新年の習慣については新発見続出でした。

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シャシャ・第2回砒素対策委員会

 今日はシャシャ、チョウガチャ各郡にて、プロジェクト開始以降第2回目の郡砒素委員会が開催されました。

当初28日開催予定だったシャシャ郡の砒素委員会は、ユニオン・チェアマンらの都合により1日繰り上げられ、チョウガチャと同日開催なってしまいました。会議にはJAMPより島村DPM、ウポジラ・コーディネーター、フィールドコーディネーター(1名)、中村、JICA職員の岸田氏が参加しました。今日はジョソール県知事も参加を予定していたのですが、前日に突如予定が入りキャンセルになってしまいました。

郡砒素委員会では今後毎月、各ユニオン・チェアマンからの砒素委員会の活動報告、JAMPスタッフより1ヶ月の活動報告などを定期的に実施することとしています。また今日の会議では、JAMPの住民参加・啓発担当から次年度の活動計画を説明し委員会の承認を得ること、プロジェクトのフィールドワーカー選考日程の報告、ベースラインサーベイのためのアンケートなどを実施することになっていました。

この日は朝から郡レベルの他のミーティングも開催されていて、この日は全部で10の委員会が予定されていて、砒素委員会は本日7番目の会議でした。砒素委員メンバーであるユニオン・チェアマンは11ユニオンのうち7ユニオンから出席、その他の委員メンバーである各局郡事務所長ら合わせて20名が出席し、シャシャの委員会にしてはかなり高い出席率でした。しかし議長であるUNOは、突然省庁ジョイントセクレタリーの訪問が入りベナポールへ同行して朝から不在でした。このような調子で、シャシャUNOはプロジェクト開始以降、県砒素委員会に出席した以外重要な会議にことごとく欠席しています。運が悪いにも程があります。先月同様、UNO代理であるACLandがこれらすべての会議の議長を務めました。シャシャ郡ACLandのムジボール氏はトランスファーにより先日着任したばかりなのですが、温厚な好人物の印象をもちました。

 会議はまずACLandからの開会の挨拶の後、新しく着任したJAMP郡事務所スタッフと委員メンバーとの顔見せも兼ねて、全員の自己紹介から始まりました。

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 次に最初の議題である各ユニオン砒素委員会実施報告に移ると、出席者のユニオン・チェアマンらからは「何のことだ?」という反応が返ってきました。これまでにUNOから各ユニオン・チェアマン宛にユニオン以下ワードレベルまでの委員会の立ち上げ要請のレターが出されているはずなのですが、そのようなレターは受け取っていないというのです。頭から会議は混乱。最終的にACLandより、次回の会議を来月16日までに実施するのでその日までに砒素委員会を立ち上げ会議の場で報告するよう指示が出されました。またプロジェクトでは現在、各ユニオンで第1回目の砒素委員会の開催日程の調整を行っていたのですが、「委員会が立ち上がっていないのに会議はできない」とチェアマンらが意見し、今年度中に全てのユニオンでの委員会を開催するのはかなり難しそうな状況です。

 次にJAMPのシャシャウポジラコーディネーターより、プロジェクトスタッフの着任、郡事務所の開設状況、砒素委員会開催準備などについて報告し、またDPHEサブアシスタントエンジニアよりDPHEに対して実施されたトレーニングについて報告があった後、中村より次年度の啓発・住民参加の活動計画を説明し、委員メンバーからの承認を得ました。また現在フィールドワーカーの募集を実施しており、これまでの経過と今後の試験日などの日程などが報告されました。

最後に、砒素委員会の現状に関するサーベイのためのアンケート用紙が配布されました。今の委員会の実情を把握するためのもので、その場で記入してもらい回収する予定でした。しかし質問票の中には地域の代替水源の数や委員会開催数などの項目があり、メンバーらは口々に「この質問ではこの場で回答できない」と言って再び大混乱。また彼らは「1日にこんなにたくさんのミーティングをして、更にこんな手間の掛かることをさせるな」と怒り出す人まで出てくる始末。ミーティングを1日にまとめてやるのは多忙な彼らが月に何度も郡事務所まで出てこなくていいようにとの配慮なのですが。結局、用紙は各自が持ち帰り、後日JAMPスタッフが各ユニオンを訪問して回収することになりました。

本日の郡砒素委員会は12時半開始1時半終了で、約1時間。本日開かれた委員会の中で最長だったようです。 メンバーらはその後もまだ3つのミーティングが残っているとのことで、私たちは早々と退散しました。

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アルジャジーラ来たる!!

押川さんが今日でジョソールでの任務を終えられ、明日の帰国のためにダッカに出発されました。その到着便で、アルジャジーラの取材班がAANの活動の取材のためにやってきました。押川さんを空港まで送りに行った直樹くんが、その車でクルー一行(計2人)をジョソールDPHEのプロジェクト事務所までお連れしました。その他のスタッフはオフィスで会議中だったのですが、アルジャジーラ取材班を乗せた車が到着するや否や、いつも冷静な民子さんが、「カメラ、カメラ!!」と言って飛び出して行きました。民子さんの意外な一面に一同びっくり。私もカメラを片手に民子さんの後を追い、出迎えをしました。

31_jan20061 みんな勝手に中東の人が来るとばかり想像していたのですが、やってきたのは『イングリッシュ・アルジャジーラ』からだそうで、体格のいいイギリス人2人がワゴンから窮屈そうに降りてきました。2人とも軍隊の出身なのだそうです。

みんなで記念撮影をして、現地スタッフのシャミム、モンジュが同行して、シャシャ郡のシャムタ村とプトゥカリパイプ給水システムを取材し、夕方帰ってきました。二人とも「かなりいいものが撮れた」と満足そうでした。

これでAANの活動が世界的に知られるようになりますね!

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第1回シャシャ郡砒素委員会開催!!

今日はシャシャでプロジェクト開始後初の郡(ウポジラ)砒素委員会が開催されました。11時から開かれるウポジラ開発調整委員会に合わせて、ミーティングの後半を砒素委員会として時間をもらって、麻子、直樹、純子、シャミム、ラジュの5人が参加しました。初の委員会なので、プロジェクトの概要や各レベルの砒素委員メンバーの役割などについて説明することが主な目的です。そのために地方行政担当の直樹専門家がプレゼン資料を作り、プロジェクターで見せるために機材を準備し、途中の町でスクリーンの代わりにするための白い布も買って準備万端。なのに、シャシャに着いたら電気がない!今の時期、バングラデシュでは灌漑井戸のくみ上げが行われているため電力使用量が多く、昼間でも停電になることが多いのだ。このところのラウンチングセレモニーやリクルート準備などの激務の間をぬって、せっかく作ったパワポも見せることができず・・・。でもここに明日のセレモニーの招待者がほとんど集まっているので、明日の参加を直々にお願いできたのだけはよかったのですが・・。どうもシャシャはいつも「問題、問題ばっかりね~(byミジャン)」。

 そのあと、途中のジコルガチャのコビルホテルでエビカレーを食べ、直樹、純子の2人は3時からチョウガチャUNOのプレゼン発表内容の最終の詰めの話をするために、チョウガチャUNオフィスへ、麻子とシャミム、ラジュはバスとリキシャでジョソールへ戻りました。

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<<帰り道に撮影した乾季の農村風景を、オープニングページの背景にしました!!黄色いのは、マスタードの花です>>

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シャシャ郡庁オフィス初訪問

 午前10時、26日のロウンチング・セレモニーの打ち合わせのため県庁オフィスに行っていた直樹から突然電話が入った。会合のため県庁に来ていた私のカウンターパートであるシャシャUNO(郡長)と、廊下でばったり会ったらしいのだが、彼は18日から2週間、ダッカでトレーニングのため、セレモニーに出られないというのだ。UNOはセレモニーの中で住民参加啓発部門のアクションプランについてプレゼンテーションを行うことになっており、その打ち合わせや今後の予定を説明するため、明日郡庁オフィスを訪問する予定だった。しかもUNO不在の間代理を務めるACランド(郡土地行政官)は転勤が決まり、UNOが戻り次第異動することになっているというのである。UNOは先日ダッカで開催されたステアリングコミッティーの会合にも、悪天候とイード前の交通麻痺により参加できなかった。
 つくづくついていない。

 このパートは日本人専門家が発表してはどうかという案もあったが、ここは政府のプロジェクトというのを前面に出すべきだということで、ここはACランドに代理を務めてもらうことにした。急遽UNOにアポをとり、ACランド同席で打ち合わせをするため、午後4時に郡庁オフィスを訪問することになった。
 道中運転手のナラヤンが給油をしたため10分遅れて到着すると、UNOがオフィスの建物の外へ出て、私たちの到着を待っていた。UNOの部屋でステアリングコミッティーの内容、26日のセレモニーの話をし、少ししてACランドが呼ばれた。UNOは去年にシャシャに来たばかりだが、ACランドは以前よりAANの活動に理解があり我々とも親しかっただけに、トランスファーの知らせは残念だった。しかし単身赴任の彼は故郷に近い次の転勤先へ早く行きたくて仕方がないようであった。

 前途多難であるが、とりあえずACランドが発表することを引き受けてくれ、22日にアクションプランの原稿を持って訪問することになった。その後、UNO、ACランドと共にシャシャ郡のプロジェクトオフィスの下見に行った。候補は2つあり、1つはウポジラ・ポリショドのゲストハウスの建物、もう1つは郡DPHEの建物の2部屋である。
 ゲストハウスの方は鍵が掛かっていて中には入れなかったが、2階建ての一戸建てで各階3部屋ずつあり、かなり豪華である。一方DPHEの2部屋は・・コメントしがたい。しかし、ポリショドの建物は賃貸契約が必要で、DPHEの方は管理費も政府がもつという条件で借りられることが決まっているため、当面はDPHEの部屋を使うことになりそうである。

 DPHEのサブアシスタントエンジニアのアジズ氏にも挨拶に行った。アジズ氏はこのプロジェクトでチョウガチャには負けられないと話していた。2郡が争う必要はまるでないのだが、裏ではシャシャ対チョウガチャの戦いが勃発しているようであった。

16_jan20062 AC Land(中)とシャシャUNO(右) ゲストハウス前にて

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