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アンジェラ・ゴメスに会った

 アンジェラ・ゴメスとジョソール県庁の廊下で会おうとは!

 ジョソール滞在中、私は、エアポート道路から少し奥にはいったアパート「ルプ・アナン」の4階の部屋で暮らす。その隣に、女性の自立を支援するNGOバステ・シェカの本部がある。ルプ・アナンが建つまで、バステ・シェカのゲストハウスが、AAN調査団の定宿だった。
1999年、アンジェラ・ゴメスが「マグサイサイ賞」を受けた直後、私は花束をもってお祝いにいった。インタビューして、帰国後、新聞の文化面でアンジェラ・ゴメスの歩んできた道を紹介した。農村の女性が迫害される姿をみかねて、横暴な男たちとの闘いを開始し、貧しい女性が収入を得る道を開いてきた人生……。2000年の洪水のとき、救援活動に寄付してほしいと頼まれて、AANから10万タカ(約20万円)を贈った。ダッカ市内のパン屋でばったり会って驚いたこともある。
 ルプ・アナンの部屋からバステ・シェカを見下ろしながら、いつも気になっていた。泌尿器のがんの治療の経過はよいのだろうか? 元気にしているのだろうか? 隣にいながら、ここ5年くらい会っていない。

 思いがけない出会いがうれしくて、県庁のプロジェクト事務所に案内した。ソファーに座って話をした。顔色は前よりよかった。その代わり、精彩はなかった。治療の副作用で苦しんでいるという。「あの日本人はどうしているのだろうか」と、私を思い出すことがあったらしい。
 アンジェラ・ゴメスは、バステ・シェカで障害のある子ども、障害のある思春期の少女のリハビリを始めた、という話をした。話すことのできなかった少女が、バステ・シェカの庭掃除や出先の店舗の販売をするまで成長した。パソコンを操作するようになった車いすの少女もいる。
 バステ・シェカで新しい建物の建設が進んでいる。1階は、リハビリセンターや彼女らのつくったハンディ・クラフトの並ぶ店舗。2階は、障害のある少女たちの宿舎になるという。障害児の自立支援が、バングラデシュで進んでいることを、私はまったく知らずにいた。ルプ・アナンの足元で、その先駆的な取り組みがおこなわれていたなんて!
 「バングラデシュ・フリーダム・ファウンデーションの助成が終わり、いまは、自主財源でやりくりしている。日本に支援してくれるところはないか」
 そんな相談をもちかけられた。アンジェラ・ゴメスが私のことを思い出すときは、お金に困っているときなのだろう。さっそく、障害者自立支援センターの理事長をしている車いすの友人にメールをだした。海外の障害者をサポートしている財団を調べてくれ、と。
061203 アンジェラ・ゴメスと

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コメント

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投稿: Raymond | 2007年7月14日 (土) 06時22分

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